CUE DIARY

森崎博之 森崎博之 2018/04/03 22:00 PARAMUSHIR終演しました。

ちょっと時間が経ってしまいました。
全国ツアーが終わり、盛大に打ち上げをして、20泊分の荷物をまとめて北海道に戻りました。
家に帰ると家族が増えていました。
とても賑やかで、舞台の上とはまた違う興奮状態です。
なかなか休まりませんが、ようやくパソコンに向かい、通常の仕事を終えてから書き始めています。
「ふにゃぁ。。。」と新生児に泣かれるたび何度も中断しながらですが、ご挨拶させていただきますね。

各公演地の劇場に来てくれた皆様、
全国のライブビューイングでご覧いただいた皆様、
残念ながら日程合わず見られなかったけどエールを送ってくれた皆様、
心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

おかげさまで無事に終了いたしました。
ピンチもいくつかあったけど、皆様から寄せられる期待の言葉や、劇場でいただく万雷の拍手、ご覧になった感想や激励の言葉のおかげで、何事も乗り越えられました。
いつも支えてくれてありがとう。

骨太で重たい芝居だったので、何度も再確認しながら前に進みました。
メンバーはもうすっかり超えているので、アンサンブルのみんなと時間を共にして。
毎日ミーティングをして、毎日同じ戦場へ向かいました。
15人の客演も、わたしも、チームナックスの本公演という、でっかい波から振り落とされないよう必死に食らいついていきました。

カーテンコールで毎日話したことですが。
この公演は73年前に実際にあった戦いが元となった物語です。

私がこのことを知った経緯をお話しします。
10年ほど前に「HONOR」という舞台のデザインを考えるときに、北海道の風景をたくさん画像検索しました。するとそこに一枚、花畑に囲まれて錆び朽ちた戦車がポツリとある孤島の写真があったのです。
そのときはまったく別のイメージで風景を探していたのでスルーしたつもりなのですが、頭からずっとその写真が離れません。そのまま数ヶ月経ちました。
今度は「北海道 島 戦車」で写真を検索しました。
その写真は、意外にもすぐに見つかりました。
日本軍の戦車「チハ」でした。
朽ち果てた戦車の一部は大地と同化し、風化しながらも原型をとどめています。
きっともう其処から動くことはないのでしょう。
でもその周りには、毎年更新されるであろう、無数の白い花が一面に咲き誇っている。
まるで錆びた戦車を讃えているかのように。
霧のなか、短い日照時間にもかかわらず、必ず忘れずにその時期に花を咲かせて、冷めることない戦車の熱を冷ましているかのようでした。
そこからPARAMUSHIRの構想が少しづつ膨れ上がっていきました。

脚本家の林民夫さんに書き上げていただいたこの物語は、登場人物は全てフィクションです。
しかし、終戦後に戦いがあったこと、缶詰工場の女子工員を全員無事に逃がしたこと、そしてその後の北海道をしっかりと守り抜いてくれたこと。
これらは紛れもなく事実です。

そのことを、私たちは知らなかった。

私は学校でも習わなかったし、先人にも教わらなかった。
沖縄や鹿児島、長崎、広島、東京などで戦争の勉強をしましたが、当時北海道だった場所でこのような戦いがあったとは調べるまで分からなかった。

3年ぶりの本公演で取り上げるにはあまりにも重たいテーマかもしれない。
癒えるはずのない悲しみを抱いている人がまだいるのに、私たちが取り上げて良い内容なのかどうかも分かりませんでした。
でも周りからの応援もいただき、勇気を持って取り組むことができました。
私たちがずっとお世話になっている北海道の出来事をテーマにして、本公演として挑むことになりました。

のべ8万人、ライブビューイングでは全国122の映画館で35000人の皆様に同時生中継でご覧いただきました。
謝らなければならないことがあります。
「PARAMUSHIR」の読み方を公表しませんでした。
ですからお客様はこの芝居のタイトルをなんと読めばいいのかわからないまま劇場にいらしていただきました。

なかにはチケット買うとき、
「えーと、チームナックスの、ぱらむしゃぁを一枚、、、」とか、
友達を誘う時に、
「ナックス行かない?なんて読むか知らんけど、とにかくナックス」

など、ご不便かけたかと思います。申し訳ありません。

犬の鳴き声は日本では「ワンワン」ですが、外国では「バウバウ」だったりします。
ニワトリは「コケコッコー」ではなく、「クックアドゥルドゥー」とか「クカレクー」とか「ココリコ」とか。

呼び名はその国で違う。

ネットでPARAMUSHIRを調べると「パラムシル」「ポロモシル」という呼び方がありました。
ローマ字読みでそのままパラムシルという方が抵抗が少ないとは思いましたが、PARAMUSHIRは漢字だと「幌筵」と書くんです。
「札幌」の「幌」の字があるんです。

この舞台が描きたい時代、日本の領土だったときのことを考えました。
もしも自分がそこにいたら、「ポロモシル」と呼んだのではないだろうか?
事実ではなかったとしても、尊厳を込めて、舞台ではそう呼ばせていただいています。

ですが現代、主流は「パラムシル」のようです。
世界各地で犬や鶏の泣き声が違うように、
「そだねー」「そうだね」「そやねー」「せやねん」などあるように、
とくに決めつけたくはないのですが、私たちは舞台上で「ポロモシル」と呼びました。

前もってそのことをお知らせしなかったのは、フライヤーの裏面に書かせていただいたコピー「私たちはまだ、その島の名前さえ知らない。」
という思いがあったからです。
混乱させてしまい申し訳ございませんでした。


それから劇中歌「幌筵島の唄」ですが、こちらは創作の曲です。
音楽監督NAOTOさんと、勝手ながら島の文化など考えを巡らせて、琉球音楽とはまた違う、その島にしかない反戦歌的なものは作れないだろうかと試行錯誤しながら制作しました。
劇中何度か「この歌を残したい!」という思いを吐露するのに、実効支配が変わってしまいその思いは絶たれてしまう。しかし劇をご覧になった方々には強烈に耳に残るような音楽を作れませんか!と彼に猛烈アタックしました。
彼は音楽文化や世界音楽に知識が豊富なので、今回もおおいに救われました。
私の無茶振りにいつもお付き合いいただける最高のパートナーです。

私のなかの世界一の歌姫、小此木まりちゃんの歌声も素晴らしかった!
「ラプンツェル」の歌の人なんです。みんな注目してね!

常に霧に包まれている島、という表現が難しかった。
舞台美術の堀尾さんはもう大先輩ですが、私の雲掴むような説明をきっちりと具現化していただける偉大な人物。今回は実態がありそうで決まった形を留めない不安定なモチーフとして「布」を多用しました。そこに描かれた無機質な絵こそが、霧の中のような静けさと、全体像の掴めない不安を強く表してくれました。
そこにドシンと存在感のある戦車。
最高の舞台美術で芝居ができて嬉しかったです。

フライヤーデザインは今回も吉澤さん。
彼も先輩ですが、いつも一緒に話しているとそこでどんどんアイデアが溢れ出てきます。素晴らしい牽引力に私はいつも助けられています。今回のデザインは「どこかわからない場所に神妙な面持ちで立っている五人」。
不気味でもあり、冷淡にも見えるその写真ですが、以外にも36℃の真夏の栃木県で撮影されました。暑かったぁーー

カメラマンの秦さん、衣装の神波さん。
メイクみゆきちゃん、こずえさん。
映像制作の奥山さん(札幌在住。素晴らしいお仕事でした!)
殺陣の清水さん、今回もありがとう!
演出助手のあきらちゃん、また一緒にやりたいです!
照明の大竹さん、八木さん、ツアースタッフのみんな。
舞台監督の川原さん。最高の安心感でした。
そして亜由美さん。荒木さん。
マネージャーのみんな。むらべ、下井、まつだ、いわた、武藤、北澤、塩川。
アンサンブルの15人、俺もういっこ劇団つくりたいくらいおまえ達が大好きだ!

みんなありがとう!!

最高のチームでした。しあわせでした。


そして全ての座席を埋めてくださいましたお客様。
改めて、心より感謝申し上げます。
また舞台で会いましょう!かならず!



、、、あ。

ようちゃん、誕生日おめでとう。

毎日いつも一緒だったのにね。今夜お祝いしたかったわ〜

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